|
”ニセコ”(”ニセコアン”)とはアイヌ語からきていまして、「切り立った崖(の下を流れる川)」という意味があります。
ちなみに”ヌプリ”がアイヌ語で「山」という意味ですので、スキー場で有名な”ニセコアンヌプリ”という山は、
アイヌ語で「切り立った崖(とその下に川)がある山」というような意味になります。
このように北海道では、アイヌ語を語源とする地名が多いのですが、その多くは漢字で表記されています。明治以降、この地においても倭人が入植し、アイヌ語の地名を文字化しましたが、当時から「ニセコ」については漢字をあてても定着せず、カタカナが定着したのだと思われます。
〜町名について〜
ニセコ町は、昭和39(1964)年までは”狩太(かりぶと)町”という名前でし た。
狩太という自治体は、明治34(1901)年、隣の真狩(まっかり)村からの分村し誕生しました。(”真狩”もアイヌ語が語源です。)
分村する際、新村となる地域で最も栄えていた地区である ”真狩太(まっかりぶと)”という名前の一部を利用して、村名が狩太村となりました。その後町制に移行し、町名変更までは”狩太町”だったのですが、この地域には”ニセコ”という地名があり、”ニセコアンヌプリ”という山もあります。
また、狩太町とその周辺を含むニセコアンヌプリ(この山にも和名や漢字の当て字はありません)一帯は、古くから全国に広く”ニセコ”として知られていました。
そのようなことから、住民による町名改正への働きかけも古くからありました。最初に起きた動きは、昭和11年(1936)ごろです。当時は改名にまでは至らず、第2次世界大戦を迎えてしまいます。
次の動きは昭和38年です。この年、ニセコアンヌプリ一帯が「ニセコ・積丹・小樽海岸国定公園」 に指定されます。
このとき、国鉄(現JR)の駅名は”狩太駅”でしたので、ニセコの玄関口としてわかりにくいことから、観光事業者が中心となって、駅名変更を働きかけます。しかし、当時の国鉄は駅名を「カタカナ」に変更することに難色を示したことから、その動きは町名変更へと発展し、”ニセコ町”が誕生しました。
駅名は、その後まもなく”ニセコ駅”になりました。
|